佐賀県立博物館で開催中の「関係するアート展vol.3」。障がいのある人もない人も楽しめる展示が注目を集め、昨年の展覧会には約12,000人が訪れました。

3回目となる2023年のテーマは「衝動」。街なかでの壁画制作という初めての試みも実施しました。「関係する」という言葉に込められた思いを中心に、企画する障害福祉サービス事業所PICFA施設長の原田啓之さん、主催する佐賀県文化課の緒方あいさんにお話をうかがいました。

障がいのある人もない人も、アートが好きな人も関心ない人も、まずは「関係する」

――「関係するアート展」というタイトルは印象的です。どのような意図があるのでしょうか。

原田:障がい者アートやアール・ブリュットなど、今はいろいろな呼び方があるけど、そうじゃないタイトルをつけたかった。「障がい」の先入観を超えて作家本人に焦点をあてたいのが理由のひとつです。

 もうひとつの理由は、絵が好きな人も嫌いな人も、障がい者・福祉・アートに関心のない人も、どんな形でも良いから「関係」してもらうことで、障がい者や福祉のことを知ってもらいたいと思いました。どんな関係でもいいと思います。

 背景には福祉や差別の問題があります。差別はどんなに啓発してもなくならないと思います。ただ、知って差別するのと、知らなくて差別するのでは、まったく意味が違う。だったら一回見てください、会ってみてください、で「関係するアート展」というタイトルにしました。

 障害福祉で「支援」というと、車椅子の人の乗り降りやボランティアのように直接的な支援を想像する人が多いと思います。でも実際は、当事者それぞれの困り感も違うので、関わる方の得意なことで関係して頂ければと思っています。例えば、今回の壁画制作に参加してくれたカメラマンさんは、PICFAに興味があって、「関係するアート展」も面白がってくれて、「関係したいから」と撮影に来てくれました。自分の好きなことや、持っているもので関係してもらえれば、最終的には障がいのある人のためにもなる。画材に詳しい人は画材を教えてくれたり、企業であれば「お金を出します」という関係にもなる。いろんな人にいろんな形で関係して欲しいという思いで関係するアート展と名付けました。

――vol.1では「感動」、vol.2は「愛おしい」、vol.3となる今回は「衝動」がテーマです。

原田:vol.1ではポップな作品や細かい作業など、鑑賞者が作品の世界に入りやすいものを選んでいます。「まずは知ってください」という意図がありました。

緒方:口コミやSNS等で広まって約8,700人にご来場いただきました。

原田:vol.2ではリピーターの増加などもあって約12,000人。障がい者アートの展覧会でこの来場者数は全国的に見ても珍しく、とても多くの方にご来場いただきました。鑑賞者が怖さや抵抗を感じそうな作品もあえて展示しました。強度行動障害の人が同じ行為を繰り返すのは、行為自体が精神安定剤みたいになっていることが多くあります。例えばゴミを集める人。作家本人が「お前はゴミだ!」と言われそのような扱いを受けた経験があって「僕はゴミじゃない」という気持ちから集めたゴミで作品を制作し、正義のヒーローをつくっています。ゴミを集めたり、ゴミから作品を制作するような行為を「怖い」と感じる人もいるだろうけれど彼は愛おしくて行為を続けていることを伝えたかった。

 vol.3では衝動的に制作された作品とか、見る側が衝動を感じるような作品を集めました。「どうやって見たらいいの?」と戸惑うような作品もありますが、解釈や受け取り方は見る人にゆだねています。

博物館を飛び出して、大きな作品を残したかった

――vol.3では初めての試みとして、8月26日~29日に佐賀市高木町の古賀英語道場で壁画を制作しました。

原田:「関係する」ための新しい試みとして、博物館を飛び出して街中で制作したい、という思いがありました。「『関係するアート展』よかったよ、次はいつ?」という質問をよく受けるので、いつでも楽しめるアートを残したいという気持ちもありました。vol.1ではショベルカーに絵を描いて、今も各地の河川工事で大活躍しています。vol.2ではシルクスクリーンを使ってオリジナルバッグを制作する企画でした。vol.3では博物館の近隣地域に壁画を描ける場所をSNSで公募し、古賀英語道場の壁を使わせていただけることになりました。

――参加者の様子はいかがでしたか。

原田:子どもも大人も、障がいのある人もない人も来てくださって、暑い中、汗をかきながらも楽しんでいただけました。初日の参加者は50人にのぼり、最終的には140名ほどの方が関係してくださいました。SNSで情報を得た人と博物館の展示室内の案内板で知った人と半々でしたね。障がいのある人とない人が関係する機会や場を作ることができたと思っています。

 嬉しいことは博物館の監視員さんがまた関係するアート展でお仕事をしたいと同じ方が監視員や販売の仕事に来て下さっていることです。「久しぶり、元気しとった? 今回はこういう感じなんやね」という具合に楽しんでくれる。何度か当事者の方々とお仕事をしていただいた方は障がいのある人たちの特性を理解してくださっていることや関係することが自然体でできている。だから僕たち施設で働くスタッフも安心してお任せできます。仮に外部の人とトラブルが起こっても「この人はこういう障がいの特性があってね」と説明してくれます。とても心強いです。

ーー下絵として描かれた山や木・花に水性ペンキで色を塗っていく形式だったようですが。

原田:下絵はPICFA在籍の本田雅啓(まさはる)さんが描きました。幅36メートル・高さ3.5メートルほどの壁ですが、サイズ感を本人に伝えたら紙にパパッと10分程度で5案ほど出してくれました。一般的に、大きな絵を描く時はマス目を作ってこの部分をここに描くという具合に下書きしていきますが、本田さんは頭の中で広げられるからマッキーペンを渡して20分弱で18メートル分の下絵を完成させました。

緒方:長さを測るでもなく、遠くから眺めることもなく、たまに体を引いて確かめる程度でしたね。

原田:障がいの特性と、本田雅啓という個性を僕たちが信じた結果です。福祉には「やり過ぎ」「干渉し過ぎ」が見られるけど、PICFAでは「全部を準備しない」を大切にしています。準備し過ぎずに本人の自主性や自己決定できる環境を作ることが大切だと思います。仮に現場で失敗したら描きなおせばいいだけ。その勇気や関係性があるかないかの問題だと思います。壁画は県道30号から全体を見渡せるので、ぜひ見に行ってください。それが「関係する」の第一歩になります。

順路はないけどソファはある。ゆっくり鑑賞してもらうための工夫

――「関係するアート展」の会場は一般的な展覧会と少し雰囲気が違います。

原田:展示を訪れた人は「順路がない」と気づきます。右回りでだんだん奥に進んでいくという一般的な展示方法をとっていません。実は、vol.1開催時から毎回、動線がぐちゃぐちゃなんです。なぜそうしているかというと、障がいで多動という障害のある人や自閉症の人が順路と違う動きをしても目立たないようにしています。「そっち行っちゃだめ」と言う必要がないので、親も安心して展示を見ることができます。ソファも彼らが横になりやすいものを選んで設置しています。じっとできない子や待てない子は寝転がることができる。そうすると親はゆっくり時間をかけて展示を楽しめる。そんな場を作る展覧会です。会場で監視員を務める皆さんにも「遊んでいる子や寝ている子がいても注意しなくていいです」と伝えています。

――毎回、会場の照明が全体的に暗い印象があります。

原田:あえて暗くするように工夫しています。vol.1とvol.2ではもっと暗くしていました。今回もH型に壁を立てて絵を展示しているあたりは周りよりも暗い。自閉症の人は暗い空間が落ち着くことが多いのであえてそうしています。会場のソファで寝転がっている人は多いです。寝転ぶとわかりますが、そこのソファの上には照明がひとつもないから、まぶしくないし、安心感がある環境にしています。一般的には、カームダウンスペースを離れたところに作ることが多いのですが、「関係するアート展」は会場全体が落ち着ける場所になるようにしています。そして障がいのある人が落ち着く場所って僕たちも落ち着くことができる場合が多い。会場全体が落ち着く空間になっているのは他の展覧会ではないと思います。来場者の滞在時間が長いのもこれが一因と思っています。

価値観を交換できる空間で「その人らしさ」を展示する

原田:H型の壁は、実は博物館の壁と平行に設置していません。壁と平行に展示した方がもちろん歩きやすい。でも、あえて少し斜めに、いびつに設置しています。そういう“いびつ感”に健常者も慣れてもらいたいという意図があります。障がいのある人とない人の価値観を交換するのが展覧会の目的としています。

――70歳を超えても絵を描き続けている作家の経歴が印象的でした。

原田:鉛筆で描いているから絵が黒い。東京の展覧会で彼の作品を見た時は、白い壁に展示されていました。それを「関係するアート展」では黒い壁に展示しています。僕は今回の出品者の方にお会いしてお人柄も知っています。70代の作家が大きなキャンバスに寝転んで描き、全身真っ黒になって描く様子はとても興味深かった。彼が真っ黒になって描く様子は作品と一体になっているように見えたので、その重厚感を出したいと思って真っ黒の壁に黒い作品を展示しました。彼の通う施設の代表者も「黒い壁に展示するのは初めてだから楽しみ」と言ってくださいました。逆に、ポップな作風の若い作家の場合は白い壁に展示して、「これから色がついていく」感じを出しています。会場内にはグレーの壁面もあります。作家本人からインスピレーションを得て展示しています。彼らが存在していることを感じられるアート、また存在から生まれる作品をどのように展示していくかということはこれからも追求していきたいと思っています。

会場では「好き」も「嫌い」も率直に感じてほしい

――作家を紹介するパネルでは人柄や趣味などを紹介されています。

原田:パネルによる作家紹介は、「作家個人に関心を持ってもらう」意図があります。展覧会では作家の生きざまを見せたい。脚色しすぎず、素顔を知ってもらいたいと思っています。出品者の中には、海外の有名な美術館やギャラリーに作品が所蔵されている人や、華麗な受賞歴のある人もいますが、その種の情報は作家紹介には載せていません。所蔵先とか受賞歴を見て「これは良い作品なんだ」と判断するのでなく、フラットに見て作品を感じてほしい。

 「この作品が好き」だけでなく「私、この作品は嫌い」があってもいいと思います。障がい者の作品の展覧会に行くと、「嫌い」と言えない雰囲気がある。一般の作家の展覧会では率直に「嫌い」と言えるにもかかわらず、です。そして「障がい者の作品はすべてすばらしい」と先入観で言ってしまう。そうでなく、素直に作品に接する。「関係するアート展」は、フラットな状態で観られる環境を追求しているので来場者が多いのではと感じています。

緒方:「これを作っている人はどんな人なんだろう」という関心から関係が広がっていくのが何よりうれしいです。「関係するアート展」を障害福祉課でなく文化課が担当しているのも、「文化芸術をどんどん発信していく」ためです。気軽に訪れて、アートとして純粋に楽しんでいただければと思います。

展覧会をつくる側も価値観を交換

原田:「関係するアート展」でPICFAは文化課とタッグを組んでいます。vol.1を開催する際に「最低でもvol.3までは行いたい」とお願いして実現してもらいました。対等に意見を言い合える関係について「他県ではありえない」と全国の福祉関係者から言われます。福祉施設と県庁の価値観の交換がちゃんとできていることが健全だと思います。PICFAと文化課の一方が突出することもないし、妥協することもない。行き詰まった時に代替案がすぐに出るのも双方の強みだと思います。

緒方:個人的なことを話せば、この仕事を担当するまでアール・ブリュットという言葉も知りませんでした。今はアートに障がいの有無は関係がないことを日々実感しています。作品や展覧会に自分自身が関わっていけることをすてきだなと感じます。ぜひたくさんの方にご来場いただきたいと思っています。

原田:緒方さんも担当になってから全国の施設で作家さんに会ってもらっているから作家本人との関係ができている。「関係する」は色んな形で広がっていくところが面白いところです。


関係するアート展 vol.3  〜心が震えるほど衝動を感じたことがありますか〜

  • 日程:2023年 8月 24日(木) – 10月 12日(木)
  • 時間:9時30分~18時
  • *休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
  • 会場:佐賀県立博物館 3号展示室(佐賀県佐賀市城内1-15-23)
  • 料金:無料
  • 主催:佐賀県文化課
  • 企画制作:医療法人晴明会 障害福祉サービス事業所 PICFA
  • お問い合わせ:佐賀県文化課 0952-25-7236